圓生の思い出(CAB)

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<畝本 至>
うねもと いたる

圓生とは三十年に渡り親交を深める。
圓生没後は、圓生一門を中心に、
落語会の世話人等を勤める。

・ 畝本さんは始めて知り合った芸人さんが圓生師匠だったそうですね?

そうなんだよ。今でもその話をすると皆驚くね。
「いきなりトップと知り合うなんて。」ってね。

・ 出合いのキッカケは?

昭和28・9年の事だったと思うが、私の高校時代の恩師の勝見豊次先生が、
ある日ラジオから流れる「妾馬」を聞いたんだ。
その高座がとても良かったんで、「あの噺家について調べてくれ。」
と、私に電話があったんだ。
私は以前から落語が好きだったんでね。

で、調べてみると、それが圓生師匠で、勝見先生がお手紙を差し上げた事から
圓生師匠と勝見先生の間で文通が始まったんだ。

勝見先生の専門は植物学だったんだが、古い書物や風俗にも造詣が深かった。
圓生師匠が古い噺を掘り起こしたりする時、判らない事を勝見先生に
問合わせるようになったんだ。

その頃は郵便事情も悪く、手紙のやり取りには一週間以上掛かる事が多かった。
そこで、私が二人の間で手紙を持って行ったり来たりしていたんだ。
楽屋に手紙を届けると、落語の中の手紙のやり取りのように、
「ご返事差し上げるものでしたら、直ぐに書きますので少々お待ちを...」
みたいな感じでね。

・ 圓生師匠とブレーンの間のメッセンジャーボーイだったんですね。

そうそう。
勝見先生の還暦のお祝いに圓生師匠が来て、出会いのキッカケになった
「妾馬」を演ってくれた事もあったし、勝見先生の葬式にも来てくれた。
勝見先生が亡くなってからは、師匠と私の付き合いになったんだ。

・ お付き合いの中で一番思い出深い事を聞かせてください。

歌舞伎座独演会の直前に、地域寄席に出てもらった事かな。

その頃、小金井高校に和田正武さんという先生がいらっしゃった。
小金井高校は古くから落語研究会が盛んで、卒業生にも噺家が
何人かいる学校なんだ。
この和田先生が、「こいわ古典芸能を楽しむ会」という地域寄席を
主催していて、「圓生師匠に出てもらいたい。」と相談を受けたんだ。

ところが、この「こいわ古典芸能を楽しむ会」は、和田先生の御家族と
近所の方達が町内の集会所の様な所で開いている本当に小さな地域寄席で、
予算も少なく、普段ならとても圓生師匠が上がる高座じゃない。
で、恐る恐る圓生師匠に手紙を送って、楽屋にも説明に行ったんだ。
楽屋には橘左近さんがいらしていて、
左近さんも「こいわ古典芸能を楽しむ会」には良く来ていたので、
口添えをしてくれたんだが、師匠の反応は芳しくなかった。
半ば諦めていた所、圓生師匠から手紙が届いたんだ。

この手紙ですね?

そう。「こいわ古典芸能を楽しむ会」と同じ日に、NHKから東西交流の会へ
出演依頼があったのを断って、私の顔を立てて出演してくれると書いてあった。
直ぐに圓生師匠が出演していた関内の寄席の楽屋を訪ねて、お礼を言ったら、
「貴方の仕事なら、タダでも出させてもらいますよ。」と、言ってくれた。

・ 嬉しかったでしょうね。

そりゃもう、嬉しかったよ。
楽屋にいた圓窓さんと、二人とも酒はあまり呑めないのに、
祝杯をあげに行った。
飛び込んだ小さなスナックで、当時出来たばかりのカラオケで歌った。
その店には、私達以外の客がいなくて、
「他の客が入ってきたら河岸を変えよう。」と、言っていたんだが、
とうとう12時過ぎまで客が来なくて、難儀したよ。(笑)

・ 一言で言うと、圓生師匠はどんな方だったんでしょう?

とても、お客さんを大事にする方だったね。
私のように親子ほどに年の離れた者にも、丁寧なお礼の手紙を欠かさなかった。
圓生一門と贔屓でハワイへ行った時も、私達がホノルル空港に着いた時、
先乗りしていた圓生師匠がアロハ姿で迎えに来てくれた事もあった。

今は落語会を開くにも主催者がいて、依頼に応じて出演するのが一般的だが、
当時は、すべて芸人自身が企画していたからね。
独演会を開くといっても、会場選びから客集めまで芸人自身がやっていた。

圓生師匠だって例外じゃなくて、あの歌舞伎座独演会の時だって、
ずいぶん自分でチケットをさばいていた。
さばき過ぎて前売発売日には、歌舞伎座に20枚しかチケットが
残っていなかった。
朝から並んでいた人達から苦情が出て、師匠がさばいた分から
回収できる物を集めてなんとか納得してもらった。(笑)

・ 最後に、一番好きな圓生師匠のネタについてお聞きしたいんですが...

やっぱり、「百年目」かな。
師匠の得意ネタだったし、ウチは商家だったから、この噺が一番好きだね。
初めて聴いた時から気に入って、今でもテープでよく聴いているよ。

畝本氏提供の画像

三遊協会発足時の手紙
幻の独演会
十三回忌追善公演

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