にゅう(CAB)

百年目home



 えーわたくしも長らく不快でございまして、寄席へも門弟の頼みに応じて、ひとたび出席をいたしました。
するとまた、からだが悪うなりまして、この節はまるで休業いたしております。
それに速記も諸所からのお頼みでございまして、どうかお頼みに応じようと心得ますが、なにぶんにも脳が悪くって、物忘れをいたしたり、舌がもどりませんで、どうもお話しができません…それゆえみなおことわりをいたしました。
するとこのたび本屋さんから落語大会と申す本をお出しになるにつき、かねて申し上げました成田小僧のほかに何かわたくしにたってというお頼みでございまして、よんどころなくここに申し上げることにいたしました。
さぞお聞きづらかろう、お読みづらかろうとお察し申しますが、病中ゆえそのところは御勘弁なすって、お聞きのほどを願いまする。
これは浅草の駒形に半田屋の長兵衛と申しまして、そのころ有名な茶器の目ききをするおかたがございます。
この人なかなか大人で、お大名様方からお迎えがまいっても、用意には行かぬという、大見識な人で、ここの家に弥吉と申しまして、年は二十一歳になりますばかな奉公人がございまして、大人でございますから、このばかをひどく愛して目をかけております。

 妻「もし、あなた……」
 長「え、なんだ」
 妻「あのお迎いでございますが、
   一度は中橋へいらっしったらようございましょう」
 長「なにかえ、中橋の万屋五左衛門さんかね」
 妻「さようでございます」
 長「また書面だろうね」
 妻「はい、御書面でございます」
 長「困ったなあ、どらあ……
   うう、万屋五左衛門てえやつは、おれは一度も会ったことはねえやつだ、
   顔は知らねえが、おれの名前だけを向うでもも知っている……
   一度呼んで会おうてえんだろうが、なんだか行くのがいやだ、
   金のあるところからいろいろな道具を買いちらかして、
   いやに誇ってるてえ、そんなやつのところへ行きたくねえ」
 妻「それでもあなた、再々でございますから、
   おいやでも一度いらっしゃいましな」
 長「困ったなあどうも……だれか代理人をやりてえもんだなあ……」
 妻「かわりだって、あなたの代理人にまいるものはありません」
 長「なあにだれでもいいんだ……
   変な法のつかねえやつをやってみてえもんだ。
   半田屋てえ者は呆れけえたやつだ」……
   二度と再び迎えにはやらねえと言うように、
   ひとつ驚かしてやりてえもんだ……
   だれかねえかなあ……ふうん……そうそう……
   なにをやろう、うちのばかを」
 妻「およしなさいな。
   あんな者を、なんになるもんですか……
   あなたはひどくあれをかわいがっていらっしゃいますが……
   どうもこの節はだんだん生意気になってしかたがございません……
   源兵衛さんのような、堅い方を腹を立たしたり、
   せんだっても地主さまの乳母やあが、坊ちゃんをおぶってると、
   うしろから何かあげてるんでございます、
   なんだろうと見ますと、まあ、呆れるじゃございませんか、
   自分の踵の皮をむしってあげてるんです。
   知らないもんですから坊ちゃんは、背中でそれをあがっていらっしゃる……
   どうもお気の毒でお気の毒で……」
 長「ふうん、そうか、小言も言うめえ……
   ばかと鋏は使いようてえことがある……
   まああれでもどうかなるよ、
   その昔、楠は、泣き男をかかえたてえ話がある。
   かえってまた、ああいうやつが使い道になるもんだ……
   あれを中橋へやったらば、おらあよかろうと思う……
   まあ、こんなものと驚いて、万屋がこりごりするようにしてやろうと思う。
   おめえグズグズ言うな、弥吉はどこへ行った……裏にいると……
   どこに行っっていやがるんだ……弥吉はいねえか……弥吉……」
 弥「あいよ……」
 長「あれ見なせえ……主人が呼ぶのに、あいよっと言やあがる……
   あれだもの……しかたがねえ……おい何だい……
   人の前へ突っ立って……大きななりだなあ……ふ、ふ、ふ、
   これで当年二十一歳……呆れけえったもんだのう、
   どう見ても三十がものはある……すわんなえ……」
 弥「おまえは立ちな」
 長「ばかめ……家の中で、立って話をするやつがあるもんか……
   まあそこへすわれ……おまえは、だいぶこのごろは、
   生意気になったそうだ……このあいだ源兵衛さんをおこらして……
   何だってそんなことをする」
 弥「はっはっは、ありゃねえ、源兵衛さんがおこるなあ、
   もっとも至極なんだ」  長「言うことはおかしい……もっとも至極だってえ……
   どうしたんだ」
 弥「なにねえ、源兵衛さんがねえ、痔で困るてえんだ……
   おらあ、そう言ってやったんだ……痔ならねえ……
   銭亀てえ小せえ亀の子がございます……
   あれをその絹糸でいわえて……おけつのまわりを、
   ピョイピョイ、ピョイピョイと、ふりまわしておいでなせえ……
   こう教えたんだ」
 長「あー、それが何かえ、禁厭なのかえ」
 弥「へ、へ、へ……こりゃあねえ、
   亀(雨)ふって痔(地)かたまるってえんだ」
 長「ばかめ……そんなことを言うってえことがあるものか……
   ひとさまのおこるなあむりはない……
   まだまだそればかりじゃあない……
   お光坊がこのあいだ、たいそうおこっていた」
 弥「あれはねえ……おっかさんのほうが おこったんだ……」
 長「どうしたんだ」
 弥「家のお光はねえ、労症で困るって言うから、そんならねえ、
   唐茄子のごま汁をおあがんあせえと教えたんだ」
 長「それが薬かえ」
 弥「おやおや労症(どうしょう)南瓜のごま汁って、そう言ったらねえ、
   おこったのおこらねえの、逃げ出したら、あとから追っかけて来ました」
 長「そんなことを言やああたりまえだ……
   おまえはねえ、ひとさまに対して、そんな生意気なことを
   言われた義理じゃあねえ……忘れたか……きさまはなあ……
   わしんとこへ奉公に来たなあ、ちょうど十一だっけ……
   頭はしらくもだらけ、てめえのおやじがひっぱって来て、
   てめえの国は三州の西尾というとこだ……万才の出る国だ……
   どうかせがれをなにぶんお願い申すと言って、
   涙をこぼしておやじが頼んだから……おれが請け合って、
   きさまを置くときに、忘れもしねえ、狂歌を祝ってやった……
   東西南北を詠み込んで、えー何とか言ったっけ……忘れたか……
   えー……えー……三州西尾から来たからそうそう……
   「西尾から東をさして来た(北)小僧みな身(南)のために年季奉公」と
   おれが紙切れへ書いてやった、たいそうよろこんで、
   くにへ帰ったらこれを表装して、床へ掛けておきます、
   この一軸へ古びのつくにしたがいまして、倅も成人いたすかと心得、
   それのみを楽しみに暮らしまするでござりますと言ったが、
   それからしてたびたび書面をもってたずねてよこすが、
   そのたびにきさまのことの書いてないことはない……
   親はそれほど子を思うに、親の心子知らず、
   てめえはなりばかり大きくなって……いい加減にしろ」
 弥「親玉あ……」
 長「ばかめ……小言を言うのを賞めていやがる……しかたがねえやつだのう……
   きょうはなあ、きさまがなあ、おれのかわりに行くんだ」
 弥「へえ……じゃあ何かい……わしがおまえさんの、きょうからかわりに、
   この身上をみんな貰っちまうんですかね」
 長「ばかだのう……呆れけえったもんだ……ばかで欲がある、
   法のつかねえやつだ……きょうはなあ中橋の、万屋五左衛門という、
   物持ちのところへおれのかわりだ、袴をはいて、
   ちゃんと改まって先方へ行っていると、こりゃあおれだと思うから、
   まず寄付か、囲いか、どっちへか通すだろう……で、主に会ったらば、
   鄭重に挨拶をしなければならねえ、きさまがお辞儀はなあ、
   頭が下がるとけつが上がる、まるで蛙のようだ……
   お辞儀のしかたを教えてやる……まずこう手をそろえて、
   けつのもちあがらんように、しっかりとな、指の先を額と、
   こうそろうようにして、これがめやすだ……いいか……
   それから口上をな……えーてまえは、お招きにあずかりました、
   半田屋の長兵衛でござります、以後はお見知りおかれて、お別懇に願いますと、
   こう言うんだ、そうすりゃあ、向こうでもそれぞれに挨拶をするだろう……
   で、見せるものが向こうである。
   あすこの家で自慢で見せるは、松花堂の啜醋の三聖がある、
   これはだいぶ性がいい、これを自慢で見せるに相違ない……
   床へ掛けてみせるか、箱で出すか、そこはわからねえ……
   こりゃあ賞めてやらなけりゃあならねえ、箱は小堀権十郎さま、
   まず見る前に、かような結構なお道具を拝見いたすはてまえ業態にとりまして、
   目の修業になることでございますと、こう卑下してかかれ……」
 弥「へへへへえ、卑下したあとは月代かえ……」
 長「髪結い床へ行ったんじゃあねえ……よくおれの言うことを聞きなえ……
   床に掛かっていたならば、正面へ向かい天地は唐物緞子にいたしまして、
   中は白茶地の古金襴、驚燕一文字は紫印金、結構なお仕立てで、
   松花堂無類のできでございます。
   まことに結構でございますと言うんだ……よく覚えたかいいか……
   で、結構てえことを二、三度も言うと、いくら金のあるやつでも欲がある、
   先生お引き取りは、こういうことを言う、お引き取りというと値打ちのことだ、
   てめえにゃあ値打ちはわからねえ……そこで知らないように、
   その掛け物へなあ傷をつけるんだ」
 弥「じゃあ、端を持って破いてやろう」
 長「これこれ、結構なお道具を、そんなことをしちゃあならねえ、口で傷をつけるんだ」
 弥「ああー、じゃあなめて穴をあける……」
 長「そんなことをするんじゃあねえ……このお軸は、まことに結構でござります、
   結構でござりますが、御祝儀の席へ向きかねるかと存じます、
   いいか……孔子に老子に釈迦と、釈尊がいては仏になるから、
   祝儀の場へは掛けられんと、こう傷をつけるんだ……これは道具屋の秘事だ」
 弥「肱はねえ、道具屋より畳屋さんのほうが、よっぽど強い」
 長「またそんなことを言う……ひょっとしてなあ、
   図が変わっていたら、軸欠点を見出すんだよ」
           弥「へえ、欠点てえな何です」
   長「道具屋の飯を食って、欠点を知らねえか、素人でも知っている……
   傷のことをニュウと言うんだ」
 弥「ふうん、はじめて聞いた」
 長「はじめて聞いたてえやつがあるか、よく覚えていろ、
   傷があるというと素人ぶるから、傷のことは、何んでもニュウてえんだよ……
   それから見せるものは、べつにあるめえ、自慢で腰の物を出すかも知れねえ、
   茶器はなあ古道具と違って、腰の物なんざあ見なくってもいいんだが、
   出したら見てやれ、拝見しますと柄へ手をかけてなあ、
   ありゃあ抜いちまうほうがいいんだが、おまえなぞは危ないから、
   鋩子際あたりまで抜いて、裏表を見、すっかり見てから、縁頭と言い、
   お目貫といい、お鍔お鞘のお塗り、いかにもお差しごろで、
   まことに結構でございますが、これは少々上げもんでございますと、
   これへも傷をつけてやれ」
 弥「揚げものよりねえ、天婦羅のほうがうもうがすぜ」
 長「食い物の話をしているんじゃあねえ……長いのを短くしたのを、
   これを上げ物という、いいか……それからもう別に見せるものはない。
   お茶を一服さしあげたいと、お薄茶が出るだろう。
   おれがいつも掻きまわして飲んでる、青大豆粉みたいなもの、
   それが出たらば頂戴いたしますと、りっぱにお茶を飲むがよろしい。
   けっして薄茶だから、濃茶と違って、飲みようもへちまもあるもんじゃあねえ、
   かならず辞退しないように、ずんずん飲むがよろしい……
   だがなあ、茶わんが向こうへ出ているだろう、その茶わんを取るのに及び腰になって、
   そこでパアッと持ちあげると、茶わんをひっくりかえしたりなんかする、
   てまえなぞはそそっかしいから、結構な茶わんを欠きでもするといかんから、
   茶わんへ手を掛けたらば、ずうーっと引いて前へ持って来て、
   それから新規に茶わんへ手をかけ、すぐと下へ手をやって、
   そそうのないように茶を飲み干してしまう……あー待て待て、飲む前になあ、
   お口取りが出るだろう……」
 弥「どこのお厩から……」
           長「馬丁が出るんじゃあねえ……菓子が出るんだ」
     弥「菓子は何です」
 長「栗饅頭でも出るだろう」
 弥「どのくれえ出るだろう」
 長「たった一つよ」
 弥「少ねえなあ……替わりをしようか」
 長「そんなことをすると、腹を見られらあ」
 弥「そんならおらあ、腹掛けをかけて行かあ」
 長「ばかだなあ……ばかにつける薬はねえって……」
 弥「灸でもすえようか」
 長「はり倒すぞ……おい、支度をしてやってくんなよ、
   悪い着物でいいから出してやってくんねえ……
   袴はなあに本手の行儀のくずれているのがある、あれでいい……
   袴ははかしてやんなよ、一つの穴へ両足を突っ込む連中だ、
   頭はなでつけんで、そのぼうぼうしたままがよかろう。
   紙入れを一つ、紙入れ止めを一本さしてやってくんねえ、
   抜けるのは危ねえから、木刀がいい……すっかりできたかあ……
   やあ、こりゃあいい……こりゃあいい……ふうん……こりゃあいかにも、
   万屋も驚くだろう……こりゃあ不思議だ……はきものはねえ……あの雪駄の悪いの、
   あれをはかしてやんねえ……片っぽがねえ……片っぽどうした……
   犬がくわえ込んだ……そんなら草履雪駄と、かたちんばで行け……
   こうこう忘れるなよ……きずはニュウと言うんだよ、長いものを短くしたのは、
   上げもんだよ、驚燕一文字には紫印金……忘れるなよ……傷はニュウだよ」
 弥「あいよ」

 これからポクポクと出かけまして、中橋へ来ますると万屋五左衛門りっぱな構え、表口から案内を乞えばいいのに、ばかだから裏手のほうへ、こうまわりて来まして、ずうーと庭になっておりまして、建仁寺垣根、どっからはいっていいかわからないから、建仁寺をぶち破って、はいってみまするてえと、外庭になっておりますから、茅門がそこに一つあります、その茅門をばむやみに突きましたから、閂が折れました。
その茅門から飛び入りまして下草をさんざんに踏みつけ、苔でもってツウーッとすべりました。
ころぶまいと思って、あわてて松へつかまり、松の枝を折りまする、とたんに石燈籠へつかまる、石燈籠を倒します。
まことに結構な庭をさんざんに踏み荒しまして、奥深くはいってまいりますと、主五左衛門は四畳半の囲いにおりまして、香を嗅いでおりました。
なかなかのぜいたくもんで、香の嗅ぎかたはむずかしいもんだそうでございます。
雲閣青磁の香炉へ銀葉をのせましてしきりに香を嗅いでおった。

 弥「やあ、どうも驚いたなあ……すべってころんで……どこにいやあがるんだ……
   やあ、向こうに小せえ家がある、あすこにいやあがった、見てやろう、
   障子へ穴をあけて……やれ、この穴からこう見りゃあ中が見えるな……
   や、いたいた……いやあなんか食っていやあがる……
   一人で食っていやあがる……烟が出ている……饅頭だな……うまそうだなあ……」
 万「だれだそこに……障子へ穴をあけてのぞいているなあ……だれだ……
   けしからんまねをする……今日客来があるから、張り替えさしたのだ……
   穴をあけて不風流なまねをする、だれだ……植木屋ではあるまい……だれだ……」
 弥「おこらなくってもいいや……食いかけをみんな食っちまいねえよ」
 万「どなたです……おはいんなさい」
 弥「えー御免ない……こんちは……」
 万「あけてはいって来たなあだれだ……なんだ妙な人が来たなあ……
   なんですあなたは……いったいどうも、そこははいりどこではないがな……
   どこから案内をもって、はいっておいでなすった……こりゃあ驚いた……
   あの石燈籠が倒れていますが……おやおや、松ヶ枝を手折ってある、
   みなあなたがなすったんだろう」
 弥「だってねえ……すべってころんだもんですから、つかまると、
   ズドンと石燈籠がひっくりけえっちまった……
   もっと大きな石燈籠のほうがようございます」
 万「いったい、あなたはどなたです」
 弥「あい、わたくしはお招きになりました、半田屋の長兵衛でございます」
 万「や、これは……さあ……さあどうぞこれへ……どうぞこれへ……
   さあこれへ……どうぞこれへ……これはようこそおいでくだすった……
   えーてまえが主人万屋五左衛門、どうか一度拝顔を得たいと心得、
   なれどてまえも多用でござるから、毎度書面をもって御案内をいたす、
   書面なり殊にてまえのような新茶人は、とうてい先生はおいでござらんと
   心得ておった……今日ははからずも御尊来で、なんともありがたいことで、
   知らんとはいえ、ただいままでの御無礼は、御容赦を願いたい。
   よく今日はおいでで……や、お待ち兼ねをいたしておった、
   どうも今日の御趣向は、実に恐れ入りました。
   万屋の新茶人の胆をひしいでやろうというので、案内をいたさず、
   わざと裏手へおまわり、垣をぶちこわし、石燈籠を押し倒し、松ヶ枝を手折る、
   や、これはなかなかできるののではござらん、実に恐れ入って、
   ただここをもって、真の茶人とでも申すでございますかなあ……
   どうもお服のぐあいと言い、おつむりといい、どうも実にない、よいお姿だ……
   えー木綿着物を着る男子のように奥ゆかしゅう見ゆてえことよ、
   何かに出ておったと思いましたが……そうそう新五百題の叙に見えました……
   われわれが、紗綾、羽二重、縮緬を身にまとうということは、
   実に恥かしいわけだ……どうもお袴なぞのぐあいはないな、
   おはきものをちょっと……いやこれは……雪駄と草履下駄の片ちんば、
   実にこれはどうもできん……」
 弥「実はおまえさんの前ですが、いろんな話があるんです」
 万「どういうお話か、先生の話を伺いたい」
 弥「あの痔で困るてえ人がありましょう」
 万「はは」
 弥「その人にねえ……あの銭亀てえ小せえ亀の子がある、それを絹糸で結わえて、
   おけつのまわりをピョイピョイとふりまわす……」
 万「ふうん……妙なことをあなたは……何でげす、やはり禁厭ですかなあ」
 弥「かめ(雨)ふって痔(地)かたまるてえんですが、どうでしょう」
 万「へえ、御冗談ばかり、なにか先生がお戯れで、や、恐れ入りますなあ」
 弥「まだあるんですが、労症や何かいろんなことがあるんで、長くなるから、
   そんなことをよしましょう、これから御挨拶をしましょう、御挨拶を……」
 万「どうか御挨拶をなさらんで……困ります、どうかそれなりで……」
 弥「な、なんでもわしあするんで…こう手をつきましょう…手がこう揃っていましょう…
   頭がこううまく揃わなくっちゃあいけねえんだ、見当みてくんねえ」
 万「へえへえ、なんの見当をみますんですな」
 弥「わからねえなあ……指の先と頭の寸法……」
 万「うん……」
 弥「大概そろいましたろう……いいや、これでいいや……
   さてはや何とか言ったっけ……日もだんだんと上げものになりましてという……
   どうでげす、わかりますめえ……上げものって、天婦羅じゃねえ、
   長えのが短くなるのが上げもので……それからおまはんとこで出す、
   自慢でわしい一つ見てやる。
   お出しなせえ……箱へ入ってるものをお出しなせえ……
   何をグズグズしているんです……わしい知っているんですぜ……
   河原崎権十郎……箱がくっついてるのをお出しなせえ……スイの勘平、
   それがありましょう……破きゃあしません、お出しなせえ……
   いんきん、たむしの……それ紫色になってくっついているの……
   それ格子、障子よ、牢死と、牢死をするくれえなら、
   願って溜めへさがるほうがいい」

 や、どうも主の五左衛門は、あまりのことに驚いて、勝手に逃げ込んでしまいました。

 弥「や、逃げやあがった、逃げやあがった……やあ、あいつがいなくなったから、
   食ってた食いかけを食ってやろう……こいつはうまそうだなあ……
   やあ、ここにこんなものがある」

 香炉を取りあげまして、そばに銀の匙がありましたが、これをもって香炉の火の粉をいっぱいしゃくいあげて、

 弥「こいつはうまそうだぜ……」

 一口にグッと口へ入れました。

 弥「熱、あつあつ、あつ」

 万「これよ……これよ……だれか来いよ、あの人はあすこで火を食べてる……
   まるで駝鳥みたいだ……そんなものを食べて、口へ傷ができゃあしませんか」
 弥「いいえ、ニュウができたんです」







↑top

百年目home