真景累ヶ淵(CAB)

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一 宗悦殺し

根津七軒町にすむ按摩、皆川宗悦。
二人の娘(お志賀・お園)の成長と、金を増やすのが楽しみ。
療治で貯えた金を高利で貸していた。
小石川小日向服部坂に住む旗本・深見新左衛門の家に借金の取りたてに行く。
宗悦の催促に酒癖の悪い新左衛門は怒り、宗悦を切り捨ててしまう。
下男の三蔵に金をやり宗悦の死体を始末させた。
後ろめたさからか宗悦の幻に新左衛門は乱心してしまう。
総領息子の新五郎は家出し、新左衛門は妻を殺害、自らは切腹、家は改易となる。
妾=お熊は新左衛門との間に出来た女の子と親元へ帰り、下男=勘蔵は、残された乳飲み子の新吉を連れいずくとも無く去っていく。



二 深見新五郎

家出をした新五郎、知るべを頼って田舎に行っていたが落ち着かない。
詫びを入れ家に戻ろうと江戸へ戻ってみたが、家は改易され荒れ果てている。
菩提寺で経緯を聞いた新五郎は絶望し、墓前で切腹を試みる。
通りかかった質屋下総屋の主人に諭され、新五郎は下総屋で働き始める。
下総屋の女中=お園、器量も良く気立ても良い。
新五郎はお園に想いを寄せる。
新五郎も男前で主人の信頼も厚いが、なぜかお園は虫が好かない。
それもそのはず、実はお園は新五郎の父新左衛門が殺した宗悦の娘。
新五郎はたびたび言い寄るが、お園は受け入れない。
蔵の塗り替えの日、新五郎は力ずくでお園を藁の上に押し倒した。
運悪く藁の中には押し切り(藁切り用包丁)が...
お園は絶命し、動転した新五郎は店の金百両を盗み、仙台へ逃げてしまう。
一年後、江戸へ戻った新五郎は、以前深見家に奉公していた勇二を頼り、本所の松倉町へ。
が、勇二はすでに亡くなっていた。
はる=勇二の娘は新五郎をもてなすと見せかけ、夫の森田金太郎=同心の手先へ知らせる。
新五郎、踏み込んできた捕り手を切り飛び出したが手配は行き届いている。
物干し伝いに逃げ回り藁束に飛び降りたが、そこには押し切りが...
お園の命日十一月二十日新五郎は捕り押さえられる。




三 豊志賀の死

お園が死んで十七年後、姉お志賀は根津七軒町で富本の師匠 富本豊志賀になっている。
豊志賀は声・節回し共良く、男嫌いで通っていたので、方々の娘が稽古に通っていた。
女中が病気になり親許へ返し手が足りなったので、煙草の商いで出入りをしていた新吉を下働きとして家に入れることになる。
いくら男嫌いの豊志賀もやはり女、新吉と良い仲になってしまう。
豊志賀は新吉に夢中になり、新吉も亭主気取りに...
稽古に通っていた娘達の多くは去ったが、根津惣門前の小間物屋 羽生屋の娘=お久だけは通いつづけた。
新吉とお久の仲を怪しんだ豊志賀は、嫉妬のあまりお久に辛く当たる。
そのうち豊志賀の右目の下に出来物ができた。
醜くなった己の姿に歳の離れた新吉が愛想尽かしをしないかと心配になった豊志賀は、
”私が死ねば、お久と一緒になれるて良いだろう。”
と、新吉をなじり、ますますお久に辛く当たる。
嫌気が差した新吉が、叔父=勘蔵に相談に出かけると、バッタリお久に出会う。
寿司屋でお久の話を聞くと、お久も下総で質屋を営む叔父=三蔵の元に逃げるつもりだという。
新吉が、”師匠(豊志賀)を捨てて、送っていこう。”
と、言ったとたん、お久の顔が豊志賀に変わり新吉の胸倉を掴んでなじる。
新吉は寿司屋を飛び出し叔父の元へ行くと、豊志賀が来ていると言う。
不気味に思いながらも豊志賀を駕籠に乗せ送り出す。
新吉も帰ろうとすると、長屋の衆が飛び込んできて、”師匠(豊志賀)が死んだ。”と、言う。
ますます不思議な思いで帰ってみると、剃刀で喉を掻き切って豊志賀は絶命していた。
蒲団の下には、”新吉の七人までとり殺す。”と、書き置きがあった。




四 お久殺し

豊志賀の死から二十一日目、新吉が墓参りに行くと、お久も来ていた。
寿司屋での話がぶり返し、今度は新吉共々お久の叔父を頼ることになる。
手に手を取って駆け落ちし羽生村に向かう。
累という女が鎌で殺されたという累ヶ淵まで来た所で、雷雨になった。
何かにつまづいてお久が転んだ。
見てみると、鎌が落ちていて、お久の膝はザックリと切れている。
”ビッコになったらきっと新吉さんは私を捨てるんだろう。
 第一私はこんな顔になってしまった。”
と、言うお久の顔を見てみると、それはまさしく豊志賀の顔。
新吉はそこにあった鎌を取り上げ、夢中になった振り回す。
死んだお久を見るとそれはお久の顔。
豊志賀の祟り、と、恐くなった新吉は鎌を放り出し逃げようとする。
とたんに襟髪を掴まれ引き戻される。
掴んだのは「土手の甚蔵」と呼ばれる悪人。
もみ合っているうちに何とか逃げた新吉は、村外れの小屋に飛び込む。
戻ってきた小屋の主は甚蔵。
妙に気が合い新吉と甚蔵は兄弟分になる。
”兄弟分になったんだから白状しろ。”
と、迫る甚蔵に、新吉はすべての経緯を話し、甚蔵の家で暮らすことになる。




五 お累の婚礼

お久は宝蔵時に葬られた。
新吉が墓参りに行くと、女が先に来ている。
話を聞くと三蔵の妹で、お久の叔母に当たるお累だという。
お累は新吉に想いを寄せるようになる。
ある日、甚蔵が三蔵の元へ鎌を持って強請にやってくる。
新吉がお久を殺した時に使った鎌、これに三蔵の家の焼印が入っていた。
三蔵にとっては痛くも無い腹だが相手が甚蔵とあっては後が面倒、十両の金を渡して帰らせる。
その夜、お累の寝所に蛇が出た。
驚いたお累は逃げ出し、囲炉裏に掛かっていた熱湯をかぶり顔に火傷を負ってしまう。
”こんな顔になっては、もう新吉に会えない。”
と、塞ぎ込むお累を心配した三蔵、新吉を婿として迎えることにし、甚蔵には兄弟分の縁切りとして三十両を渡す。
婚礼の晩、新吉がお久の顔を見てみると、火傷でただれている。
”豊志賀の祟りに違いない。”
と思案に暮れていると、縁側で物音がする。
覗いてみるとそこにはお久を殺した時の鎌が研ぎ直して刺してある。
どこから出たのか蛇が鎌にまとわりつき、二つに切れた。
新吉は夢中になって蛇の頭を煙管で叩く。
いつしか蛇の姿は無くなり、お累は新吉にしがみついたまま夜は更けていく...



六 勘蔵の死

悪縁ではあったが、新吉とお累は仲睦まじく暮らしていた。
母親にも三蔵にも良く仕え、新吉の評判も上がっていた。
そんなある日、新吉の元へ江戸から手紙が来た。
叔父勘蔵が危篤だと言う。
三蔵に訳を話し新吉は江戸へ。
勘蔵は、久しぶりに戻った新吉に迷子札を渡す。
迷子札には『小石川小日向服部坂 深見新左衛門次男 新吉』と、あった。
勘蔵は新吉に深見家の因縁をすべて話し、新吉も勘蔵に感謝し孝を尽くしたが、二日後に勘蔵はこの世を去る。
羽生村に帰る途中、新吉は駕籠の中で眠り込んでしまう。
気が付くと駕籠掻きの様子がおかしい。
目的地に辿り着けずにいるので、駕籠賃を渡し歩き始めると後ろから声を掛ける者がある。
”これを落としたのはお前さんだろう。”
囚人服姿の男が迷子札を持って立っている。
札の文字を見た囚人服の男、
”俺はお前の兄の新五郎だ。
 女を殺したうえ牢破りをし二年逃げている。
 お前の義兄三蔵は江戸の質屋に奉公していた頃俺を訴えた男だ。
 その三蔵をかばうとは許せぬ弟。”
と、匕首で新吉に切りかかってきた。
苦しんでいる新吉に声が掛かった。
”旦那、どうしたんです?”
すべては新吉が駕籠の中で見た夢だった。
小用のため駕籠を降りると、そこは千住の小塚っ原のお仕置き場。
星明かりで捨て札を見るとそこには『当地無宿 新五郎』の文字。
”正夢だった。”と、ゾッとしながらも、翌日新吉は羽生村に帰る。
新吉の帰りを待っていたかのように男の子が産まれたが、顔が新五郎にそっくり。
塞ぎ込む新吉に三蔵は新しく家を建ててやり、新吉一家は引っ越した。
新吉は、宝蔵寺の住職に”無縁仏の供養をすれば祟りが取れる。”と、言われる。
新吉が無縁仏の供養に励んでいると、江戸にいた頃の知り合いお賎(今は名主惣右衛門の妾)と再会する。




七お累の自害

名主惣右衛門に挨拶をし、
”お賎は江戸者で知り合いも無い。
 ちょくちょく遊びに来てやってくれ。”
と、言われたのを良いことに、新吉はお賎と良い仲になり入り浸っている。
お累は火傷の跡がひどく、息子与之助は新五郎そっくりで、家に居着く気になれない。
噂を聞いた三蔵が”相手が名主の妾では後が恐い。”と、お累に意見させる。
これが仇となり、お累にも辛く当たるようになり、心配した三蔵が覗いてみるとお累は重病、家の中もひどい有り様。
新吉と縁を切り家に帰るように勧めるが、お累は納得しない。
仕方が無いので兄妹の縁切りをして三十両の金を与える。
新吉はその金も遊びに使ってしまう。
縁を切ったと言ってもそこは兄妹、三蔵が覗きに来ると家の中は蚊がひどい。
三蔵の家から蚊帳を持ってこさせ吊ってやるが、これも新吉が売り払おうとする。
抵抗するお累を殴り付け、はずみで熱湯をかぶった与之助は死んでしまう。
それでも蚊帳を売り払いお賎の所で酒盛りをする。
お賎は寝てしまったが新吉は寝付けずにいると表を叩く音がする。
お賎が出てみると、そこには与之助を抱いたお累が立っている。
”子供が死んだので、新吉に宝蔵寺へ行って欲しい。”と、言う。
お賎は新吉に家に帰ってやるように勧めるが、新吉は納得するどころかお累を足蹴にして追い返す。
しばらくすると、また表を叩く音がする。
今度は村の者が、新吉に家に帰るように言う。
新吉が家に帰ってみると、片手に死んだ与之助を抱き、鎌で喉を掻き切って、お累が凄まじい形相で死んでいた。
新吉がお久を殺した時の鎌だった。




八 聖天山

”前々からおかしかった。
”と、誤魔化しお累の弔いを出した新吉。
三蔵との縁も切れ、家も売り払い、惣右衛門の留守にお賎の所へしけ込んだりしていた。
横曽根村あたりまで噂が広まり、すっかり鼻つまみ者になっっていた。
そのうち惣右衛門が病の床に就いた。
お賎は、”お前(新吉)の事も遺言に書かせたから、私を捨てない証拠に惣右衛門を殺してくれ。”と、新吉に迫る。
新吉は、渋々お賎に従い、惣右衛門の首を絞め、殺してしまう。
お賎は、新吉を外に出し、本家に急を知らせる。
駆けつけて来た惣右衛門の息子惣次郎が遺言状を見てみると、お賎の言う通り、お賎と新吉に都合の良い内容になっている。
その上、”湯灌は新吉一人に任せる。”と、あったので、新吉が、いやいや自分の殺した男の湯灌をしていると、土手の甚蔵が入ってくる。
いっしょに湯灌をしているうち、甚蔵が惣右衛門の首に付いた跡を見つけてしまう。
新吉が白状したのでその場はそのまま葬式を出した。
後日強請に来た甚蔵を一端は追い返し、”聖天山に惣右衛門が埋めた金がある。”と、改めて呼び出した。
甚蔵を谷底に落とし新吉はお賎の所に帰った。
新吉とお賎が寝ようとすると表で音がする。
殺したはずの甚蔵が、仕返しにやって来た。
新吉と揉み合っていると銃弾が甚蔵に当たり今度こそ甚蔵は死んでしまう。
銃は惣右衛門が鳥撃ちに使っていた物で、撃ったのはお賎だった。
”もう村には居られない。”と、新吉とお賎は逐電する。






惣右衛門の跡を継いだ惣次郎。
友達に連れられ水街道の麹屋=料理屋に行った時、そこで働くお隅が気に入ってしまった。
横曽根村の剣術家=安田一角もお隅に惚れ込んでいたが、相手にされていなかった。
惣次郎は母親が心配するのも聞かず、麹屋=お隅の元に通うようになった。
以前名主の所に奉公していて今は相撲取りになっている花車重吉が法恩寺の勧進相撲に来ていると言うので、一緒に麹屋で飲むことになった。
運悪くその晩は安田一角も麹屋に来ていた。
惣次郎がお隅と一緒に居るのに嫉妬した一角は、惣次郎に因縁を付ける。
惣次郎が詫びても許してもらえず困っている所に、花車がやってきた。
花車が中に入って詫びたものの一角は許さず、とうとう表で喧嘩になった。
花車がそばに有った鳥居を揺すると上から石が落ちてきて、切りかかって来た一角一派は逃げ去る。






喧嘩は収まったものの、花車は江戸に帰り、一角は復讐に燃えているので、惣次郎は家にこもっている。
母親が調べてみると、お隅は武家の娘だと判り、身請けして惣次郎の嫁に迎えた。
ある日、村人が惣次郎の畑の瓜を盗んだ男を連れて来た。
話を聞いてみると、男は山倉富五郎と言って元旗本の用人だと言う。
惣次郎はかわいそうに思い、家で使ってやることにした。
富五郎、武家の出とあって書き物・算盤を卒無くこなしていたが、次第に増長してきた。
酔って帰ってきた富五郎、お隅を口説き”一緒に江戸へ逃げよう。”と、迫る。
運良く惣次郎の母親が入ってきて富五郎を一喝、お隅は事無きを得る。
どうにも収まらない富五郎、一角を焚きつけ惣次郎を始末しようと横曽根村へ。
”惣次郎さえ居なければ、お隅は貴方の物。”と言われた一角。
富五郎の手引きで、鳥居の修理代を収めに来た惣次郎を殺してしまう。




十一

惣次郎の仇として富五郎を疑っている、お隅。
証拠を掴むため、惣次郎の母親に心にも無い愛想尽かしを言って、家を出る。
再び麹屋に奉公するが今度は「枕付き」。
それを知った富五郎がノコノコやってきた。
色仕掛けで、富五郎から惣次郎殺しの真実と一角の居所を聞き出すと、酔って寝ている富五郎を刺し殺す。
お隅は、残る仇の一角の元に向かう前に惣次郎の母親に手紙を残す。
”愛想尽かしは敵討ちのための芝居。
 富五郎は討ったものの、もし私が一角に返り討ちに遭ったら、
 花車重吉を頼み敵討ちをして欲しい。”
この手紙を届けさせ、一角の元に一人で乗り込んだお隅は返り討ちに遭ってしまい、一角は姿をくらます。
お隅の手紙を受け取った惣次郎の母親は、涙乍らにお隅の野辺送りを済ませ、十二歳になる惣次郎の弟=惣吉を連れ仇討ちを決意し、名主の株も人に譲り、花車が居る東金に向かう。
が、惣次郎の母親は、癪を起こしたため休みに入ったお堂で、そこに居た老尼に殺されてしまう。
一人残された惣吉は、通りかかった親切な僧侶に助けられ、出家する。




十二

安田一角は明神山で山賊になっていた。
ある日茶屋で馬方の作蔵(お累を殺した頃の新吉の子分格)が声を掛けてきた。
作蔵を仲間に加え、馬に乗せた客を明神山に引き込んで、一角が金を奪うことになった。
喜んだ作蔵は昨日三蔵に遭った話をする。
お累の無残な死で憔悴し死んでしまった母親の納骨に行く途中の三蔵に一分貰ったと言い一角と別れる。
その話を衝立て一つ隔てて聞いていたのが、新吉とお賎。
作蔵をそそのかし、おびき寄せた三蔵を殺して金を奪い、分け前を要求する作蔵も切り捨ててしまう。
旨くいって逃げる新吉とお賎は、雨宿りのため観音堂に入る。
観音堂には一人の老尼が居た。
老尼は男狂いを悔い、出家したと言う。
話を聞いているうちに、この老尼こそ、幼いお賎を捨て男と逃げた母親=お熊だと判る。
さらにこの老尼は以前、深見新左衛門の妾でお賎の父親は新左衛門だという。
そのうえ、お賎には父親が違う兄が居てこれが甚蔵だという。
腹違いの兄妹と判った新吉とお賎、殺した甚蔵はお賎の種違いの兄。
因縁の深さに恐れを抱いた新吉は出家を決意するがお賎は承知しない。
ふと見ると鎌が落ちている。
三蔵の焼印が入っていて、新吉がお久を殺し、お累が自害した鎌。
新吉は、”ここにあるのも因縁。”と、鎌を取りお賎を殺し、自らも腹を切る。
いまわの際の新吉は、観音堂に居た惣吉に一角の居所を告げ、息絶える。
お熊も惣吉の母を殺したのは自分であると白状し同じ鎌で自害する。




十三

三人の遺骸は観音堂の脇に埋葬され、大きな墓標が立てられ「因縁塚」として今に残る。
血に染まった鎌は藤心村の観音寺に納められた。
仇の居所が判った惣吉は還俗し、江戸に居た花車を助太刀に頼み、一角を倒し本懐を遂げる。
明神山から帰った惣吉と花車は名主から代官へ訴え出て、仇討を認めらる。
花車は江戸へ帰り、惣吉は十六歳の時名主役となり、惣右衛門を襲名した。
一角を倒す際、花車が投げた石は「花車」と彫り付けられ、法恩寺に「花車石」として残っている。







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